お磨きしました

報恩講を前に、仏具のお磨きをしました。

いつもお手伝いいただく御門徒の方お二人と私たちと計5人で手際よく終了。花瓶(→かひんと読みます。前卓(まえじょく)にあげ生花を挿します。)も、華瓶(→けびょうと読みます。阿弥陀様のすぐ前の上卓(うわじょく)にあげ、樒を挿します。)も、鶴亀もピカピカshine

本堂のお荘厳の準備も少しずつ進んでいます。

報恩講については以前にもこの気まぐれ日記で書かせていただいているので、詳しくはそちらをご覧いただければと思います。

今年も5月に入ってから、御案内をお配りさせていただいていますが、5月19日(月)が浄敬寺の『報恩講お引上げ』です。

昨年までの3年間は、小僧☆はるかが本山での中央声明講習を受講させていただいていたため、皆様に無理を言って1週間先延ばしにさせていただいていたわけですが、また今年から本来の5月19日(浄敬寺本堂落慶法要記念日)に戻ります。平日(月曜日)で、お仕事をされていらっしゃる方には厳しい日になってしまいましたが、真宗門徒にとっての1番大事な行事は報恩講。ぜひお参りください。

報恩講には、その寺に籍のある僧侶だけでお勤めするのではなく、法中寺院(ほっちゅうじいん)全員でお勤めします。法中寺院とは何かと言いますと、距離的に近いお寺のまとまり・・・と言えば簡単でしょうか。法中の寺院はお互いにそれぞれのお寺の報恩講をお勤めします。浄敬寺の法中寺院は柏崎市内街内・・・ですから、柏崎市内街内の御住職や御当院様方に毎年来ていただいています。

お勤めをする僧侶の人数が多くなりますので、いつもより迫力あるお勤めにあっていただけるかと思いますので、皆様ぜひぜひ・・・。

法話・法要後のおときは、毎年山菜をメインに使った精進料理を召し上がっていただくため、坊守は、GW頃からコツコツコツコツ・・・おときの下準備を進めています。

これらのメニュー、小僧☆はるかのような現代っ子には、今のところとても作れない料理の数々ですsweat01こんな伝統的な自然の恵みの山菜料理、母やいつも台所の準備を手伝いに来てくださる御門徒の小林さん(勝手に名前出してすみません)が元気なうちに少しずつでも教えてもらわねば・・・とも思っている今日この頃です。

10時から御法話(今年も今泉温資先生です)が始まりますので、one今泉先生のテンポのよい御法話two迫力ある勤行three山菜メインの美味しいおときfourついでに小僧☆はるかの臨月妊婦の姿(これはおまけ)・・・などなどを楽しみに、お参りいただけたらと思います。

お待ちしています!!

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中越沖地震から11日

中越沖地震による多くの被害がありましたこと、心よりお見舞い申し上げます。

そして、浄敬寺をご心配いただき、温かいお言葉をかけていただきましたことに感謝申し上げます。

皆様大きなケガはなかったでしょうか?

浄敬寺は、本堂建設から15年、庫裡の部分改修から5年・・・御門徒の皆様からご苦労いただいたお陰で、外から見て判るほどの大きな被害は無く、人間にも怪我無く、被災地の中心地でありながらも、奇跡的に大変軽い被害で済んでおります。

お内陣の荘厳がほぼ落ちてしまったことによる仏具の傷み、墓地に亀裂が見られ、ブルーシートをかけた数箇所の対応、庫裡の一部の古くからの建物の部分が揺れた本堂に押されたらしく屋根が波打っていること、角が崩れた白壁、などがこれから考えていかなければならない事ですが、一刻を争うような状態ではありませんので、よい手段で修理が出来るように方策を練る予定です。

また、少しずつ御門徒の皆様のお宅をまわらせていただいておりますが、まだまだ皆さんのお宅を訪ねきれていません。今後電話連絡等もさせていただく予定ですが、被害のあった御門徒の方には、お話したいこともありますので、改めて被害状況を聞かせていただきたいと思います。よろしくお願いします。

明日を予定していた夏の法話会は、このような事態につき中止とさせていただきますのでご了承ください。

地震発生から10日がすぎ、遅ればせながらですが、現状報告のみさせていただきました。

それでは、皆さんご無理をなされませんよう、どうぞ身体を大切に・・・。

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5月26日 報恩講お引上げ

5月26日(土)報恩講お引き上げをつとめました。

多くの御門徒の皆様からお参りいただきました。ありがとうございました。

以前にもお講の話を書きましたが、『報恩講』とは何か・・・月々のお講と何が違うのか・・・ということを書きたいと思います。

報恩講とは、宗祖親鸞聖人のご命日に、『自身に受けたる恩に報いる(by真宗新辞典)』ために設けられている、真宗門徒にとって、最も大切な日です。

本山では11月21日~28日まで、御正忌報恩講がつとまります。11月28日の親鸞聖人の御正忌(祥月命日)を目指して、七昼夜(21日午後・・・つまりお逮夜~28日午前・・・つまりお日中まで)連続で、お勤めをします。

末寺(・・・全国各地の真宗寺院のことです)では、報恩講を本山の日程とずらし、『取り越して』または『引き上げて』行います。

そんなわけで、小僧☆はるかが生まれ育って、現在もお育て頂いている浄敬寺では、タイトルに書いたとおり『報恩講お引上げ』と言い、5月に勤めさせていただいています。

今年も皆様のお陰をもちまして、無事に報恩講を勤めることができました。

一年に一度の報恩講、ゆっくりと自分の身にかけられた仏恩に気づき、それに応じ、そして念仏申す日です。

今日までの一年を振り返ると共に、今日からの一年をまた歩みだす日・・・『帰着点であり出発点』の1日と考えていいのでしょうか。・・・そんな風に感じています。

本来5月19日に勤めてきた報恩講ですが、今年までの3年間、とある事情で一週間先に延ばした5月26日にさせていただいていました。

来年からはまた、本来の5月19日に日付を戻す予定です。

その事情は、また次回に・・・。

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御流罪八百年法要 参拝

4月14日、毎月定例のお正信偈の会後、いつもならささやかな茶話会をして終了のところを1日コースに変更して、高田へ行ってきました。

桜は満開でしたが、お花見が目的だったのではなく、宗祖親鸞聖人御流罪八百年の法要をお参りするため。

14日は、この法要の初日だったのです。

親鸞聖人は、歴史の一般常識としてもご周知の通り、師である法然上人が開かれた念仏の教団が、当時の政治権力、伝統的な教団から弾圧を受けたことにより、罪人とさせられてしまいました。僧侶としての名前を取り上げられ、罪人のとしての名前をつけられて流罪・・・しかも流罪の中でも重罰な『遠流』という罰を受けたわけです。

法然上人は土佐へ、死罪になった仲間もいました。親鸞聖人が遠流にされた土地は、越後の国府。今の上越に貧しい住まいを設けて、約7年間、この土地で生活されました。

京都での生活からは想像もつかないような、気候や知らない土地での暮らし、眺めた海、そして何より、そこで出遇った越後の民衆によって、親鸞聖人にとっても大きな変化となったようなのです。

親鸞聖人ご自身が今までに聞いてきたお念仏の道を、一層深めたのが越後での生活とも言えるのかと思います。

御門徒の皆さんと、小バス旅行。慌しい日程ではありましたが、音楽法要というカタチでつとまった、御流罪八百年法要初日。

合唱の響きがやわらかいからでしょうか?暖かい雰囲気の法要でした。

ただ・・・混んでいて大変でしたね(^-^;)

法要の日程・御流罪については、真宗大谷派高田教区のホームページで詳しく書かれていましたので、どうぞ。

http://takadabetuin.himenokuni.com/index.htm

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