新生活

久しぶりに更新です。大変ご無沙汰しておりました。coldsweats01

皆様いかがお過ごしでしょうか。4月に入り1週間が過ぎようとしています。この春から新しい環境での生活が始まった方は、緊張の1週間だったのでしょうか??

さて、小僧☆晴香は、新しい・・・というより、元の鞘に戻った生活が始まりました。1年2ヶ月ほどの中学校講師としての日々から3月末で卒業。また自坊浄敬寺での生活が始まっています。

この1年2ヶ月を振り返ると、自分の力の及ばなさを痛感した1年でした。仕事量の多さにてんてこ舞い・・・なことも然ることながら、「子どもが好きだ」と言っていた自分にも疑いを覚える日々。思いどおりにはならない世間を体感させられました。

反面、そんな苦しい中だからこそ出遇うことができた人の温かさもありましたheart01。今までの日常では気づかなかったことにも気づかされましたflair今まで耳を素どおりしてきた言葉が響いてきましたear

体調や気持ちの面で辛い時期wobblyもありましたが、妊娠の初期から中期にかけての時期をこの環境で過ごせたことは、この先誕生する新しい命をどう支えて行けばよいのか、具体的に考えられるきっかけにもなったのです。

お寺での子ども会を活発にしたい!!と企んでいる小僧☆晴香に、現代の子どもの実態を教えてくれた場でもありました。

井戸中の蛙・・・だったかもしれない小僧☆晴香に、大海を見せてくれたわけですから、感謝しなければなりませんねconfident

さて、今日からの日々は、『人生に無駄なことなんてひとつもない』・・・ということを、証明し続ける日々にしたいものです。

当たり前の事ですが、過去も現在も未来も独立したものではありません。

過去を踏まえて、日々の出来事を真摯に受け止めながら、今、自分のすべきことを確実に積み重ねていくこと。それが今日のことも過去のことも確かにしていくのだと思います。そして今日とつながりある未来も確かなものとなっていくはず。

小僧☆晴香、ブログも随時更新していきたいと思いますし、寺におりますので、よろしくお願いいたします。

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今年もよろしくお願いします

明けましておめでとうございます

昨年は、私たちにとって『試練の年』とでも言うべき年だったような気もします。

中越沖地震で被害に遭われた方々にとっては、「後半は一体何してたんだか?慌しくって・・・」とか「そういえばお盆も越したのよね・・・だってもう正月が来たものね」なんていう言葉のとおり、長いのだか短いのだか分からない必死の半年だったのではないでしょうか。本当にご苦労様でした。

この新年を前に、中越地震で被害に遭われ、仮設住宅に入居されていた方々の帰郷や新しい入居先が決まり、ほぼ引越し完了という話を聞きました。

あの時も、7月の中越沖地震と同じくらい大きな被害を受けた方がいらっしゃったわけですが、復興を目指して、堅実にあきらめず一歩一歩の歩みを進めた結果が、愛する懐かしい故郷に帰ることができた・・・という結果に繋がったのだろうなと思います。

2007年、私にとって一番身近で大変な出来事は中越沖地震でしたが、3月に能登沖でも大きな地震がありましたし、大切な方との突然の別れを経験された方もおられたはずです。

苦しいこと、悲しいことは、どうしても避けて生きていきたいと思ってしまいますが、タイミングが合えば、縁あれば、いつどのようなことが起こってもおかしくない身を生きている私たちです。そこから逃れられないのが人間の在りようです。

もしかしたら苦しいときこそが、そんな人間が生きていくということの真実を知るチャンスなのかもしれません。人生が深まるチャンスとも言えるでしょうか。

苦しいときこそ如来は近くにいる・・・そんな法語をふと思い出しました。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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お月見やります

☆10月6日(土) お月見と絵本読み語りの夕べ(子どもの会)

☆10月7日(日) お月見とお茶席の夕べ(大人の会)

↑こんなことをやります。ぜひぜひ、のぞきに来てください。

中越沖地震から2ヶ月が過ぎました。 小僧☆はるかが勤めさせていただいている中学校でも、地震のショックで心に影響のある子どもがいます。PTSDですね。

天地がひっくり返るようなあの揺れを思い出すと今でも、恐怖が蘇ってきますし、またあれが・・・と思うと大人の私達だって、到底耐え切れるものではありません。

亡くなってしまった身近な人、逆に九死に一生で助かった話の数々、偶然に助かった身であることを、ただラッキーで終わらせることができるほど、人の心は簡単ではありません。

大丈夫と思っていた自分の心が、大丈夫と思っていた家が、大丈夫なはずの大地が、実はそう当てになるものではなかったことを思い知らされました。

9月15日に、地震後初めてのお寺の行事、お正信偈の会を開催することができました。 参加してくださった方が終了後のお茶会で話しておられた「いやーしかし、物は当てにならないね。物はできるだけ持たないことにしようと思ったよ。」という言葉。 これは今の私たちにとってキーワードなのかもしれません。

心も、物も、建物も当てにならない。・・・では、当てになるものは一体何なんだろう???

そんなことを考えています。

私に「当てにならないものを当てにしている心」を気づかせるもの・・・、「世の真実」を知らせる存在を、いつからか人は『仏(ぶつ)』と言ったのでしょうか。。。

ここで、「当てになるのは『南無阿弥陀仏』だけです!」 「『仏法』こそが真実です!」と言うのがお決まりなのかもしれません。言いたい気持ちもあります・・・が、それを「ホントに本当かなー」と疑り続けてきた小僧☆はるかは、ちょっと恥ずかしくてこんな言葉を堂々と言えません。

自分の言葉で、納得できる解釈を探そうと、もがく日々ですが、なかなか見つからず・・・。やはりコロコロ移り変わる私からは、その場はしっくりきても、永遠に変わらない言葉なんて発せられるわけが無いのですよね。トホホ。

長くなりましたが、久々のどこに流れ着くのか分からない「お月見のご案内と小僧☆はるかのつぶやき」でした。

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花まつり

日付が変わってしまったので、もう昨日になってしまいましたが、寝る前にどうしても書いておかなければならないことがあります!!

4月8日はお釈迦様のお生まれになった日・・・花まつりでした。

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2500年前のインドに、お生まれになったお釈迦様。生まれてすぐに七歩歩まれて、天と地を指差し、『天上天下唯我独尊』とおっしゃったと伝えらています。

これは、誰もが皆、世においてたった一人の尊い存在であること、そして六つに分類される人間の迷い(六道)を越えていく世界が、お釈迦様のさとりによって、今ここに開かれたということを、象徴的に表しているのでしょう。

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『2006年4月8日 結婚式のプロフィールカード』より引用

・・・そう、花まつりを迎えるのと一緒に、一回目の結婚記念日も迎えました。

昨年の結婚式を挙げるにあたってお世話になった皆様に、一周年を迎えることができた報告と、改めてお礼を・・・と、何としても今日は最近滞っていたブログを更新しなくては!!と思った次第です。

皆様、その節は大変お世話になりました。

無事・・・とは言えませんが、充実した一年を送らせていただき、今日一年目の結婚記念日を迎えることができました。これからも、二人で色々な話をしながら、深め合いながら、歩んでいきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

さて、「いつも、忘れずに、お互いのことを一番に」なんて、なかなかできませんが、花まつりという、縁の深い日に御本尊(阿弥陀如来さま)の前で、夫と私は結婚の誓いを立てました。

『この日が一切の人間にかけられた本当のねがいを聞く日、そして、素直に二人の原点に還れる日として続いていくよう願っています』

と、一年前に誓った言葉を思い出し、久しぶりに家族にお礼を述べてみた私です。

あぁ、照れくさい。。。

さて、眠る前に、ダンナさまにも、一年の感謝言葉を述べてみることに、チャレンジです。普段はガサツで、傲慢な私ですから、熱があるとでも思われるでしょうか??

人間って、プライドで固められてますね。いや、『人間って』というくくりより、『私って』というほうが正しい表現でしょうか(笑)

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インド旅行記の途中ですが・・・③

第8回 三条教区十組 同朋会報恩講 厳修

先日(3月10日)、同朋会報恩講をおつとめしました。

まず、『三条教区十組』についてご説明しますと・・・

私たちの真宗大谷派は地域ごとに30の教区に区割りされていて、私達の地域、新潟県の中越・下越・佐渡は三条教区に属しています。教区の中で更に細かく、組(そ)に分けられていて、柏崎刈羽地区は10組です。組は「くみ」ではなく「そ」と読みます。

東本願寺のホームページに詳しい教区割りが出ているので、機会があったらご覧になってみてください。http://www.tomo-net.or.jp/link/kyoku.html 

この三条教区十組の寺院・門徒で、協力し合って、親鸞聖人の御命日のお勤めしようと始まったのが、この年に一度の『同朋会報恩講』です。

『同朋会報恩講』では、音楽法要のかたちで法要を勤めます。

音楽法要のかたち・・・というと、有志の合唱団で練習した仏教讃歌で、僧侶が出仕(→僧侶が衣をつけて儀式をつとめるために御本尊の前に出て行くこと)や退出をします。法要中にも合唱が入ります。

小僧☆はるかの仏前結婚式も、この音楽法要のかたちでお勤めしましたので、見てくださった方は何となくご想像していただけるかと思います。

この『同朋会報恩講』、それぞれのお寺でも報恩講はお勤めするわけですが、そこでは出来ない素晴らしいことが、出来てしまいます。

何が素晴らしいかって・・・

単純に、人手があるということもありますが、どこの寺の門徒・・・ということの分け隔てなく、垣根を越えて、真宗門徒である僧侶・門徒が協力し、親鸞聖人の御命日の法要をつとめようということが、素晴らしい!!のです。

私が感じた今年度の感想は、この法要をみんなでお勤めするんだ!!!という感覚が、初回にはもっと熱い思いとしてあったはず。8回目を迎えて若干馴れっこになりつつある自分にも気づいてしまい、この法要を勤める本当の意味を考えなければね・・・とも思ったことが一つ。

そして、音楽法要形式なので、法要の中でも途中仏教讃歌が入るめずらしさもありますが、やっぱりメインは皆さんで一緒に唱和するお正信偈、これに尽きるのだなーと会場に響き渡る声を聞きながら思っていた私です。

懇親会・二次会と、いつもお世話になっている方々と、それ以外にも、この報恩講で一年に一度しかお会いしない方々とも、ゆっくりお話しする時間がもてて、新しい出遇いもあり、よい報恩講となりました。

『過去を背負って今がある』、『 この一年を振り返り、明日からの生活の糧にしていく・・・』

改めてそんなことを思った一日。

さぁ!今日からどう生きてどんな人生を送りましょうか!!!

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インド旅行記の途中ですが・・・②

☆お講☆

先日(2/24)、平井地区の御門徒の皆様より、お講をつとめていただきました。

本願寺8代目・蓮如上人は、「仏法は聞きっぱなしではなく、聴いた事を話し合うこともまた大事なことである」として各地で『講』を取り結んだ・・・というのが、お講の始まりです。

浄敬寺では、正月(1月)・春・秋の彼岸(3月・9月)、報恩講(5月)・盆参会(7月)お盆(8月)を除いた、2月・4月・6月・11月に地域ごとに順番にお講のお当番をしていただきます。お当番の方々から用意いただいた『おとき』を、それをお当番の方々と、寺族一同でいただきます。その後、勤行と法話、最後にそろって、お茶を飲んで日程終了という流れです。

仏法を『ただ聴聞する』ということは、勿論基本なわけですが、その自分が聴いた仏法を何度も何度もくり返し、確かめていく必要があります。それを、一人で鬱々と考えるよりも、『話し合いなさい』『10人いれば10人10通りの聞き方がある。確かめ合いなさい』と言われたのが蓮如上人でした。

話し合うことで、改めて自分自身の問題として深まってくる。それが、聴いた仏法が、自分の生き方の基盤になっていく過程なのかもしれません。

なかなか、仏法についてゆっくり語り合うという時間がもてないでいる現代。

無宗教だといいながら、自分の都合の悪いときだけ「助けてください、神さま仏さま~」などと言い、風水だ、運気だ、守護霊だ、オーラだ・・・と自分以外に問題をなすり付けることが当たり前になりつつある現代。

古くから受け継がれてきたこの行事、ぜひ守っていきたい、未来に繋げていきたい行事の一つです。

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インド旅日記の途中ですが・・・

_028 インド日記が滞っており、のんびりペースで申し訳ないです。(^-^;)

さて、今日はインド日記の途中ですが、割り込みで近況報告を・・・。

私が先月末から二ヶ月の期限付きで通っている中学校、今週末に学年末テストがあります。というわけで、私、只今テスト作りに追われて夜更かしをしています。

学生時代、テストを受けるのは大変厄介なことで、「定期テストなんて面倒なことを何で年に5回もさせられるのか」とよく思ったものですが、この数日ではっきりしたのは、テストは受けるのも大変だけれども、作る方もまた大変な思いをしていたのだ・・・ということでした。

私が面倒くさがりながら受けて、終わってしまえば、後はプリント類の山へと消えていたあのテストたちは、先生が目の下にクマを作りながら作った努力の結晶だったのだなーと。

立場が変われば面白い発見もあるものですね。

その場、その瞬間では分からないことが沢山あります。大切なことを言われているのに受け止める私側に準備ができていないとサラッと流れてしまう場合があったり、またついその場の勢いで短気を起こして言い過ぎてしまうこと、気付かぬままに人を傷つけていることも、生きている限りあるように思います。

過ぎ去った時間は巻き戻しできませんが、『あーあの時のあの出来事は、こういうことだったんだ』とふいに思えるような瞬間がやってくることがあります。

今が単独で存在しているのではないのだ・・・と気付く瞬間でもあります。人類の歴史、自分の生きてきた歴史を背負って、最先端を歩んでいる私なんだなーと素直に思える瞬間でもあります。

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社会復帰!?

『インド仏跡巡拝記』の途中ですが、一つご報告があります。

1月29日から、中学校で社会科の講師をさせていただくことになりました☆

病欠の先生の代理ということなので、期限は2ヶ月ですが、約二年半ぶりに学校現場に社会復帰。今週、緊張しながらも何とか一週間勤めました。

幸いにも、浄敬寺には去年から、 ☆御当院様☆ という頼りになる人がいますし、寺のことは安心して任せられるので(・・・と、必要以上にプレッシャーを与えてみたり・・・笑)

久しぶりの学校現場への不安はありますが、子ども達にケガをさせないように、社会科嫌いにさせないように、そして普段忙しい先生に、病気になってしまった時くらいは、ゆっくり休んでいただけるように、頑張ろうか!!と思っているところです。

しばらく慌しくしているかもしれませんが、土・日を使ってブログも書き込みたいと思いますし、来週の正信偈の会も予定通り行いますので、よろしくお願いします。

*来週のお正信偈の会は、皆さんにインドのお茶、チャイ(ミルクティーのようなものです)を飲んでいただこうと思いますので、お楽しみに・・・

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1月6日

Dsc02522_2 毎月一度の『お正信偈をよむ会』、いつもなら第二土曜日なのですが、今月は諸事情により1月6日に行いました。

『正信偈』・・・正式名『正信念仏偈』は、親鸞聖人が書かれ、その後東本願寺・第8代目の蓮如聖人の頃から、お勤めしやすいように節(音の上がり下がり)がつけられ、真宗門徒にとって、基本的で身近なお勤めとして、大切にされてきました。

実に文体の整った詩の形で、お念仏が脈々と伝わってきた歴史や、仏さまの教えに出あった感動を、それを伝えてきた7人の高僧の名前をあげて讃嘆されています。

もうすぐ2年半を迎えるこの『お正信偈をよむ会』は、①皆で揃ったお勤めができること。②お正信偈に書かれた内容にふれること知ること。を願いつつ、始めさせていただきました。

節がついて身近な形になったことで、お正信偈全体がすんなり入ってくるという良い点は外せませんが、漢文の文体や出てくる言い回しが、現代では身近でなくなった・・・ということで、大切な一つ一つの言葉をサラッと流してしまっているような気がしていたのです。

私も、寺に生まれ育ち、いつの間にかお正信偈は暗記してしまいましたが、よんでいる回数の割には、そこに書かれた内容をじっくり学ぶ機会をもってこなかった・・・。

・・・これはイカン!!  と、いうことがきっかけとなり今日に至ります。

法を聞くため・学ぶために集まる人、その集いを仏教では『僧(サンガ)』と言います。

浄敬寺にも生き生きとしたサンガがあります☆

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浄敬寺ブログ立ち上げ!!

もう一年近く前に、個人的な日記を書こうと思い、晴香が立ち上げましたこのブログ。

頻繁に更新することもなくほったらかしにしておりましたが、この度浄敬寺ブログとして新装開店することに致しました!

年二度の浄敬寺便りを発行し始めてから、いつかホームページを!!

・・・と考えてきましたが、まず手ごろなブログからスタートしてみようと思います。

年中行事の報告や、お寺での生活の中から感じる事を、幅広く気楽に書いてみますので、よろしくお願い致します。

合掌

小僧☆はるか

P.S.このブログ内では、小僧☆はるかのニックネームで書きますので、直接会った時に笑わないでくださいませ~

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