寺族会議
昨晩、浄敬寺『寺族会議』が開かれました。
最近ではあらゆる宗派で世襲制(息子や娘が引き続いてその寺の住職となり、受け継いでいくこと)が多くなっているかと思います。真宗寺院は世襲制が当たり前になって、もう長いこと経っているわけですが、この境目をどこでつけるか・・・ということは意外と難しいことだなーと思います。
小僧☆はるかにとって、ここで生活を共にしている僧侶としての集団である『寺族』というくくりも、生まれた時から一緒に生活し甘えてきた『家族』というくくりも、メンバーは同じ。妹たち2人も、得度をさせていただいているので僧侶。つまり、家族全員が法名をいただき、『仏・法・僧に帰依します』と誓いを立てた僧侶なのです。
『家族会議』も頻繁に開かれますが、これは、学校で起きた話、進路の話、私たち娘のことを中心に昔から色々な話をしてきました。今の中心議題は、これから生まれてくる赤ちゃんのことであったり、三女の就職活動についてでしょうか。どの家族の間でも見られる話し合いかと思います。
『寺族会議(ジゾクカイギ)』はというと、お寺の行事前の打ち合わせ、反省会、その他必要があれば時や場所を選ぶことなく開かれます。夕ご飯の食卓もその日の報告会であったりします。これらの浄敬寺に関することや僧侶としてのことがネタになる時を『寺族会議』として、小僧☆はるかは勝手に『家族会議』とどこかで区別しています。
ちなみに、昨晩の『寺族会議』の議題は小僧☆はるかが仰せつかった原稿について。住職(つまり父)・坊守(つまり母)・当院(つまり夫)に、最終チェックをお願いしたわけですが、手厳しいコメントをいただきつつ、ケンカ越しになりつつ、何とか出来上がりました。
普通に仕事をしていると、職場から帰ると自分のプライベートな時間と空間がやってきます。しかし、お寺に住まわせていただいている私たちにとっては、24時間が今は仕事中なのかプライベートなのか分からない時間と場所で過ごし、しかもメンバーが変わりません。ですから、『寺族会議』の場合も、血は見なくとも、涙やむき出しの感情を見ることは多々あるわけです
。
一般の職場であれば、あるまじき光景・・・
やれやれです。
しかし、落ち着いて考えてみると、どうしても『仕事とプライベート』という一般常識を離れられない小僧☆はるかに問題ありな気がしてきました
。甘ったれです。大問題です
。
そもそも僧侶になると選んだ時点で、生活全体に反映する道を選んだわけですから、当たり前なのに・・・。わがままでした。
人の前でどうやって振舞うのか、小僧☆はるか、外面はかなりいいもので、いつも計算しているような気がします。法名を賜った以上、生活全体が変わらないと・・・と自分に言い聞かせながら、何だかいたたまれなくなったので、これから本堂に向かいます。
合掌・・・
| 固定リンク
コメント