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2007年11月

気まぐれ日記といえど

気まぐれすぎますね・・・。

言い訳に過ぎませんが、中学校で常勤講師をさせていただきながら、暇を無理やり作っては、お坊さんをしている今日この頃ですので、年度末の3月まではどうか温かい眼で見ていただければ・・・と自己中にも思っている次第です。

さて、先日ある方からメールとお手紙をいただき、なかなか更新しない『気まぐれ日記』ですが、読んでくださる方がいらっしゃる事に改めて気づき、有り難く思うとともに、少し気の引き締まる思いもしています。

『寺を開放すること』・・・いつでも誰でも寄っていただけるように待つことは、とても大事で、私も家族もいつも心がけているわけですが、そのためには開放しているという旨を『発信していく事』も必要な事であると改めて感じました。

さて、今日は毎月定例の『お正信偈をよむ会』の開催日。だんだん寒くなってきて、今日は天気も悪く、出掛けにくい中、御門徒の方々が集まってくださいました。

「お正信偈を声を合わせて読む」+「お正信偈の内容を知る」+「一通ずつ御文を読む」ということを目指して始めたお正信偈の会。

気づけばもう3年が過ぎましたが、これをきっかけに下調べをする中で、今まで分かったつもりになっていた事が改めて明確になったり、ご質問をいただくことで私が逆に知らされることもあったわけで、「この会にお育ていただいているなー」と主催者側ですが、思っています。

これが面白いところで、仏法はやはり一人でウツウツと考えていても、気づけないことがたくさんあるようですね。いろんな人との関係の中で頷かれてくることがあるのです。

同じように、寺にいて、「おぉぉ!!」という名言に出遇うことがあります。

今日ご紹介するのは、子どもの言葉部門。

前回の気まぐれ日記でご紹介した「お月見の会」の子どもの日に参加してくれた男の子の一言です。

従姉弟同士でおばあちゃんに連れられてお寺に来てくれた、5歳の女の子と4歳の男の子。

絵本を読んだり、折り紙をしたり、月見だんごを食べたりして最後は御本尊に合掌をして、本堂から出て行くその直前に私達に話してくれたのが、このひとことでした。

「ぼく、○○ちゃんのこと大好きなんだー」  (○○ちゃん→一緒に来た従姉弟のお姉ちゃんの名前)

私達は、歳を取るにつれて、素直な言葉が出せなくなります。

本当は感謝しているんだけど、今更恥ずかしくって・・・それならまだしも、慌しくしていれば感謝の気持ちすら忘れて生きていますし、パートナーに「あなたが大切だ」なんて、新婚1年半にして早くも言わなくなりました。

この男の子の言葉のような純粋さに出遇うと、日頃の自分を恥ずかしく思えたりもするわけです。・・・とは言っても、気持ちを率直に表現した方が良いとか悪いとか、「今日から見習って・・・」とか、そんなことではなくて、

この子の本当に素直な言葉を縁として、私の現状が明らかになった。これが貴重な一瞬なのです。

御本尊の前において、あのゆっくり流れる時間の中で、何かの縁が重なって、男の子が私達に話してくれた気持ち。これって、光となって私達を照らした如来のはたらき!?と今になって思うのです。

如来の光明はいつも私達を照らしてくださっているのですが、肝心の照らされている私が、なかなか気付けません。それでも、あらゆる場面で、あらゆるところで、一瞬の光となって、私を照らす事があります。それは、私の現状、私の在りようを照らし出す光であり、如来の本当の願いを知らせる光でもあるのだなーと思っています。

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