インド6大聖地巡拝の旅②‐3『デリーからパトナへ』
二日目(1/12)は、午前のデリー市内観光の後、お昼の便でデリーからビハール州のパトナへ空路にて移動。
現在ビハール州の州都であるパトナは、紀元前5世紀頃から栄えたと言われる古い都市で、旧名はパータリープトラ。当時はマガタ国が治めていて、古い記録によると「無数にあるインドの都市の中でも最大の都市」だったのだそうです。
しかし、現在はもっとも近代化に乗り遅れた州であるというのが現地ガイドさんのお話でした。政治家が120%悪い人で、公的な資金を使い込んだとか・・・。
確かに、州都パトナを出てビハール州を回ってみる中で、とにかく格差社会ヒンドゥー教のよからぬ教え、カースト制度を目の当たりにしました。
午後からはまずパトナ博物館を見学しました。
博物館内は撮影禁止だったので、外観と外にあった古い門の後を・・・。
細かいレリーフのしてあるこの門もかなり古く思えますが、歴史の古いインドでは100年や200年ではまだまだ新しい部類。1000年以上経ったものでやっと古いものの仲間入りをさせてもらえるそうです。
つまり、博物館の中にはまだ入れてもらえないくらいの新しさ・・・ということになるのでしょうか??
この博物館に最も厳重に保管されているものは、お釈迦様が出家後最初に修行をされた場所、そして最後の雨安居(うあんご)をひらかれた場所である、バイシャーリーから出土した仏舎利です。
*安居(あんご)については、また後ほどくわしく書きたいと思いますが、雨季は草花や虫がいのちを芽吹かせる季節。「その時期に説法して歩いて踏みつけてはいけない」ということで、一箇所に集まってお釈迦様のお話を聞き、簡単に言ってしまうと勉強会をしました。それが安居です。
お釈迦様の仏舎利(ぶっしゃり・・・遺骨)は、荼毘(だび・・・火葬)にふせられた後、まず8つに分けられ、お釈迦様の縁の地へそれぞれ持ち帰られたそうです。それから、紀元前3世紀頃、仏教を守護したアショカ王によって掘り起こされ、お釈迦様の教えを大切に思う人たち、また拠り所にして生きていこうという人々のもとへ、いくつにも分けられました。その数8万4千とも言われています。
・・・というガイドさんのお話を聞いて、この数字に聞き覚えがあることに気付きました。『8万4千の法門』と言われるほど、一言で仏教と言ってもそれだけ様々な解釈があるのだ、ということは私もよく聞かされてきました。
この数字、単に多いことを意味した適当な数字ではなくて、インドのお伝えとちゃんと繋がっていたんだなーと思うと、私が聞いてきた仏教の話のモトがここに本当にあるんだなーという、当たり前ではあるのでしょうが、改めて実感が沸き、感動を覚えました。
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コメント
初めましてww
とっても綺麗な写真ですね!!!
私も行ってみたくなりました♪♪
投稿 しず | 2007年2月 3日 (土) 16時59分
しずさんへ
初めまして。
イタリアの写真を見てくださったのでしょうか?
イタリアは街もきれいで、緯度が高いから日が暮れるのが遅い国なので、
旅していて陽気になれます(笑)
インドの写真も近々選りすぐってアップするので、また見てください。
インドは肌に合うとはまります!!
どちらも歴史の古い国なので、見るもの一つ一つに感動がありました☆
投稿 小僧☆はるか | 2007年2月 4日 (日) 11時20分